備忘録のようなもの

思うことのあれこれを記録しておくところ

秋分の日

 郵送するものがあったので、朝から中央郵便局まで自転車を走らせた。よく晴れていて気持ちのいい朝だ。知っている道をひたすら走り、ふと商店街のことを思い出した。いつもなら曲がる角を曲がらずに、商店街へ突っ込む。もちろん、自転車から降りて。自転車で商店街を疾走する人ってきっとどこでも迷惑なことしてんだろうな、なんていやな気分になる。ちょうどなかなかの速さでママチャリが通り過ぎていった。わたしはまだ死にたくない。頼むから誰も轢いてくれるな。

 開店している店はほぼなく、シャッターのしまった店が並ぶ。「緊急事態宣言中は休業します」という張り紙のある店も少なくない。世知辛いな、と思う。思うことしかできないけれど、思わずにはいられない。そんな毎日の一日になる今日だ。
 目的を果たし――ゆうゆう窓口の偉大さにしばし感動しつつ、ひとつ思い浮かんでいた「朝にしたいこと」のために自転車を商店街の駐輪場に置く。あとで来るから、あとで来るからちょっとだけ置かせて、と心の中でお詫び申し上げながら、目当ての店へ急いだ。
 畑中珈琲店。以前、とある人――と表現すると非常に失礼極まりないのだけれど、勝手にここで名前を出すのもどうなのよ、と思い至った結果どこの誰ともわからない表現になってしまったが、わたしが一方的に大好きなとある人と来たことがある店だ。
 モーニングサービスは、飲み物を頼むとついてくるというスタイル。つまりコーヒー一杯分の値段で四枚切りの厚切りトーストが食べられるということだ。プラス百円でゆでたまごとサラダがつくと書いてある。わたしはホットのコロンビアコーヒーとゆでたまごとサラダのセットを頼んだ。

 店内の奥には夫婦らしき二人連れ。わたしは壁側のテーブル席でメニューが届くのを待っていた。朝からゆるやかに更新されていくTwitterのタイムライン。LINEには母からの「了解」のスタンプ。日常と非日常のちょうど狭間に入るような不思議な感覚。こういうこと、してみたかったんだよなぁ。いい朝だなぁ。ぼんやりと感慨に浸りながら、誰のものでもない自分の朝を噛みしめる。
 待ちに待ったトーストがやってきた。いただきます、と手を合わせて早速ひとくち。すでにバターは塗ってあるので、とにかくサクサクと食べ進める。トーストされた香ばしい食感と、ふわふわの生地に思わず声が出そうになって飲み込む。マスクをしていないときは無口でないと。それに、店の中で「んまい!」と声を上げるなんて、テレビの食レポじゃあるまいし。心の中でツッコミを繰り返し、落ち着いて食べ進める。コーヒーの酸味に何度か瞬きをして、さて、と最後に取っておいたゆでたまごを手にして気づいた。
 わたし、ゆでたまごの殻、どうやって割ってたっけ。
 久しぶりのゆでたまごだったから、ということではない。家では遠慮なくできたことが、一歩外に出るとできないということはよくあるのだ。だからわたしは殻の割り方を知らないわけではない。でも、できない。さすがに、テーブルに叩きつけるわけには――。
 とは言え、だ。他の方法が思いつかないのだから仕方がない。一度試してみよう。こっそりやればバレないだろう――と、わたしは完全に油断していた。丸テーブルの角にゆでたまごをぶつけると、家では聞いたことがないような音がした。そう。コーヒーカップとソーサーのぶつかる音だ。明らかに一度コーヒーカップは宙に浮いた。少なくとも数ミリ浮いた。ゆえに「ガシャン」とそこそこダイナミックな音がしてしまったのだ。
 しまった~~~~~やってもうた~~~~~~! と心の中で絶叫しながら、なにごともなかったようにゆでたまごを皿に戻す。ヒビひとつついていない。そりゃそうだ。足の長い人がテーブル下で足ぶつけたときみたいな音だったもん。どうすんの、マスターに「殻割ってもらっていいっすか」って頼むか? いやいや、どこが優雅な朝。ゆでたまごひとつ食べられへん三十三才。いや、誰がミソサザイや笑かすな。
 頭の中をぐるぐるとツッコミが回っている。おは朝の占いで最下位だっただけはあるな、と思いながら、最下位のふたご座への開運アドバイスを思い出した。

【あれもこれもと焦ってしまう時】 今できる事から始めてね!地道にコツコツ取り組もう

 地道にコツコツねぇ。困ったときはGoogle先生ですわ、と冷静さを取り戻し、ひとまず検索をかける。「ゆでたまご 割り方 喫茶店」。こんな検索、したことない。またしてもはじめての体験。そして、検索結果もまたはじめての体験だった。
 スプーンで殻を叩いたら割れるってよ。これはあれか、テーブルマナー的な? 大人になったらみんな知ってるよ的なあれか? 半信半疑で手元にあったフォークの背でゆでたまごを叩いてみる。あ、ほんまや。ヒビできた。え、地道にコツコツってそういうこと?

 こうして日常と非日常の狭間の朝は、Googleに助けられるというロマンもへったくれもないオチがついて終わった。ゆえにこうして飽くまで淡々と残している。一言で言えば済む話を、無駄に長々と書いているのは単純に「こういうのひとりでいるときにあるとめちゃくちゃ恥ずかしいね!」というだけなので気にしないように。

 そして今日も今日とてここまでお付き合いいただいたみなさま、ありがとうございました。ミソサザイ、がんばってます。