備忘録のようなもの

思うことのあれこれを記録しておくところ

一年前の、今日のわたしへ

 一年ちょっと前。主演舞台の知らせに飛び起きた朝。泣きながら朝ごはんを食べて、涙を拭って出勤した。その日はただうれしくて、でも、次の朝には冷静になってた。だって、世界は大変なことになっていて、舞台やライブは片っ端から公演中止になっていたから。

 だから、公演中止の知らせには驚かなかった。その日はただかなしくて、次の日の朝もやっぱりかなしかった。それなのに動画の中の彼は、いつもと同じように見えた。彼の言葉ひとつひとつがつらかった。あのおだやかでやさしい声に、涙が止まらなかった。今の世の中は、正しくかなしむこともできない。それが誰かのふしあわせになるなら、彼はその選択をしないのだ。そういう人だということは、アイドルであることでわかってはいたけれど、こんなのあんまりだ、ってあのときは確かに思った。

 あれから一年とちょっとが経った。再上演の知らせを素直に喜べなかったのは、また中止になるかもしれないという気持ちからだった。静かな幕開けと共に、わたしは舞台のタイトルをミュートワードに登録した。わたしが観に行くのは、最終日。「千穐楽は特別」という気持ちはあるけれど、わたしにとって公演はどれも同じ価値だと思う。千穐楽への思い入れは、もちろんある。ただそれは、座長の彼が、あのカンパニーが持っていれば十分だ。できるだけ平穏に、その日が来るのを待っていよう。そう思った。

 そうして、わたしの待ち望んだ日がやってきて、静かに幕は降りた。ひとりも、一公演も欠けることなく、まるで彼そのもののように、おだやかに幕を閉じた。彼の中にある熱は確かに劇場を満たした。わたしも、その熱に触れ、しあわせの温度を感じた。カーテンコールの彼は、劇中の激しい渦の中にいた深馬ではなかった。わたしが大好きな「正門良規」だった。それがただ、ただひたすらにうれしくて、手が真っ赤になるまで拍手を送った。

 この一年とちょっと。世界以上にわたし自身に大きな変化があった。自分自身を本当の意味で見つめられる時間でもあったし、向き合いたくなくてずっと泣いていたこともあった。こうして「変わりゆく世界」に身を委ねながら、彼――正門くんの熱量を一身に受けて思う。わたしは正門くんのことが大好きだ。演劇が、音楽が、エンターテイメントが大好きだ。そしてなにより、わたしは、そんなわたしのことがきっと大好きだ。

 舞台の感想を書こうと思ったはずなのに、一向に言葉にならないからただの日記を書いた。一年とちょっと前のわたしは、こんな日が来ることをまるで信じていなかったけれど。信じられないことって、やっぱり起きるんだよ。思いがけないことばかりなんだ。良くも悪くも。なにも信じられなくなった日もあったけど、こうやって大好きなアイドルの主演舞台が拝めるんだから、人生捨てたもんじゃないよね。

 一年前の、今日のわたしへ。わたしは毎日、昨日のわたしよりちょっとしあわせに生きてるよ。それから、正門くんへの「好き」が溢れちゃって溺れそうだよ。笑ってくれ。