備忘録のようなもの

思うことのあれこれを記録しておくところ

関西現代俳句協会青年部 勉強会『句集はどこへ行くのか』

◆関西現代俳句協会青年部勉強会『句集はどこへ行くのか』

 日時:2018年7月21日(土)14:00~17:00

 会場:梅田パシフィックビルディングB室(5階)

 主催:関西現代俳句協会青年部

 

 この間ようやく中崎町を把握したところで、今度は未知の東梅田界隈(曽根崎だのお初天神だの)ということで、さっそく「どーこーだー!」とビル街で立ち尽くすわたし。久留島先生が「おはようございまーす」と現れてくださり、どうにか干からびずに済みました。ありがとうございます。

 それはさておき、備忘録です。『オルガン』という同人誌の編集・執筆・参加メンバーの座談会ということだったのですが、恥ずかしながら『オルガン』を読んだことがなかったので、配布資料は大変ありがたかったです。

 思い返すために特に気になったところを抜粋して残しますが、それでもかなり長いです。発言者の方の意図と異なる場合、あるいは発言そのものの言葉と異なる場合がありますので、あらかじめご容赦いただきますようお願い致します。(ご指摘いただきましたら修正いたします)

 

 

文字数の都合上、敬称略 

 

『オルガン』11号掲載の対談での命題

  • 句集としてどう編集するか(俳句史の中での立ち位置)
  • 句集としてどう差し出したいか(自分の立ち位置、どういう句か)
  • 句集を出すこと自体について(どういう本にすれば手に届くか)

 

鴇田:句集は「名刺」代わりになる。名刺という言い方は良いとは思わないが、わかりやすい。

野口:句集としての外見も大事。日本語の書体は縦書き・縦組みに適した字体(フォント)になっている。「の」が特に縦書きを有利にしている。横組みはフォントから気をつけないとだめだし、センタリングなど配列にも気を遣う必要がある。「この辺なら無難ちゃうか」というのが句集における縦組みではないか。

牛:新鋭短歌シリーズは作者の負担が(相場より)安い。はじめはそれほど評価されていなかった。増刷されて売れているものも増え、歌集の賞も取りはじめ、一目置かれるようになったと感じる。

八上:川柳は句集を出さない・残さない文芸。最近、句集ブームでシリーズにして出すようになった。ただ、個人的には見た目で惹かれるものが少ないと感じる。句集は一冊まるごとで詩」だと思っている。自分が出したときは、読まれるように届けたいと思ったので謹呈はせず買っていただいた。売りたいというわけではなかったのですが。川柳句集もほぼ謹呈。

田島:句集ってもう出ちゃってるし、できちゃってる。1987年サラダ記念日が流行して、「俳句界にもサラダ記念日を」みたいな空気があった。出版ブームに乗り遅れた、売れないって言ってもそもそも句集が売れたためしがない。俳句ってそもそもどういう文芸なんだっていう議論がされないで出しちゃった。俳句は消費文化に入ったと思う。

福田:自費出版のため、自分で句集の形を決めた。作家の裁量にゆだねられている部分はある。ページをめくるときの体感が違う。本として触れたときの感じが変わる。

宮﨑:わたしは、見た目でなにかの主張になったらいや。どういう俳句が書きたいかを支えるためのデザイン・見た目であるにはどうしたらいいか。自分の俳句を「短歌っぽい、川柳っぽい」と言われるけれど、いろんな俳句があっていい。連作みたいに、一句では見えない世界が十句で見えるとか。

鴇田:五七五をやっている。句集をどう見せるかというのは、一句一句を作るのと同じで、そこに個性が出る。句集としてある程度形があったけど、違うものを作る人も出て来た。

 書きおろしの句集について

福田:「書き下ろし」という句集があるくらい、書きおろしの句集は特殊。川柳は短歌はどうなんでしょうか。俳句らしさというぼんやりしたものはぼんやりしていて、それにどう抗うか。

八上:川柳で書き下ろしの句集はほとんどないが、ベストセラーはある。文庫にもなっている。

牛:歌集は結社に入っている限りは(書き下ろしは)ない。コンセプトありきで言うと、岡野さんと木下さんの本は書き下ろし。書きおろしはもったいないという考えがあるかも。

フロアからの質問「句集を読む快楽や、こういう読み手に出会えてよかったことなどありますか?」

宮本:句集は本。自分のものだし、お気に入りのページがあるとか、わたしの本という気持ちがある。本や俳句に近づける。知らない人に自分の俳句や句集が届く喜びがある。

田島:とある句に「わたしのことを書いてくれている句ですね」と言われ、たまたまだったがその人にとって実現化することあることを句集を出してわかった。

福田:それについて語ってくれる人以外、読者は見えない。ディスレクシア(文字を読むのが困難)の子が家族の方が読んだらハマったとTwitterに書いていて、出してよかったと思った。

鴇田:句集という本を作る段階で、フォントや感覚を決めているので、そういう本ならではの感想をもらえるとうれしい。

野口:出版元から送ったところから手紙がきてびっくりした。まったくの素人に送る場合は、予想外の手間がかかって面倒なことがあった(笑)

八上:感想がありがたかった。自分がなにをどう書いてきたかわかった。

フロアからの質問「そもそもなぜ句集を出したのか? 出していない人は予定はあるか?」

八上:句集を出しなさい、世に問いなさいと言われたが、儀礼としてならいらないと思っていた。牛さんの企画でワイヤーアートとコラボして「句集ないんですか?」と訊かれてはじめて心が動いた。子どもを産むのが当たり前、と言われるような違和感を持っていた。出した句集は、それこそ我が子のようにかわいいです。

牛:歌集を出したいと思っていたけれど、歌人でありつつ部外者でもありたいと思っているため、新人賞に出さない・歌集を出さない・結社に所属しないというスタンス。続けていく中で「歌集を出す」ことが目標にあると、そこに絶望したときにやる意味がなくなってしまう。こういうケースもあるというやり方でやっている。

野口:詩も短歌も川柳もやっているが、できるだけそれぞれのテクニカルタームを使わずに、それぞれの話をしたい。これはこれでいいけれども、こればっかり句集にあったらだめだな、とか、これは句集にあってもいいかと言っていると出さなあかん気がしてくる。

鴇田:第一句集は俳句をはじめて十年くらい経った頃。自分で自分の真似をしている気がして、今出そう、と思った。次があるなら次に行きたいと思った。

福田:アンソロジーに載せていただいたときに、いつ第一句集を出すか考えていた。うずうずしていたところに出版社の方と話ができて、たまたまという感じ。

宮﨑:出すときが来れば出す。俳句で試したいことはいっぱいあるけれど、規定されたくない。出すときは来るのかなぁ。

宮本:2012年に「句集の行方」というのを現俳でやった。俳句をはじめて十年。「どうですか?」と言われて「はい」と答えた。現俳の多大な協力を得て出した。

田島:そもそも文学をあまり知らない。野球をやってる人の中でバッティングセンターに通ってるみたいな。結婚式のようなもので「やりたいならやる?」みたいなノリ。たまたま条件が揃っただけ。

フロアからの質問「謹呈文化の中で句集を売るのが難しい。シリーズの並びがある歌集と違い見栄えが悪いのですが(書店員のご意見)」

田島:第一句集と言われても、と思うのはわかる。どうやって俳句を作っているかそもそも語っていない。サッカーで盛り上がれるのは戦術を理解し始めたから。なにが問題なのか、と思う。

福田:市販する意味、間違って届くことの意味があると思う。

 

 3000字超えてますね。わぁ、長い。メモはまだあと三分の一ほどあるので、相当メモしたようです。そりゃあページも真っ青になりますわ(青インクだったので)

 とてもとても内容の濃い時間でした。わたしの感想はいらないと思うので、盛り上がりが伝われば幸いです。まあ、そもそもここはわたしの備忘録なので(苦笑)

 最後までお付き合いいただきありがとうございました! 以上、メモでした!笑